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日本の片隅でひっそりと暮らすおじさんが書くブログ

『100日後に死ぬワニ』100日目を読んだ

今日で100日目を迎えた『100日後に死ぬワニ』。

すべての日を追いかけていたわけではないけど、淡々とした日常の中で、すでに確定している死が近づいてくるという展開に、最後はどうなるんだろうとドキドキしていた。

最後の100日目がこれ。

交通事故なんだろうな。横断歩道の上を歩いていないひよこを助けるために飛び出し、そのまま車にひかれて…という結末なのかなと思う。

交通事故については多少なりともフラグがあったし、

原作者も、

こういうことを言っていたんで、何となくそういう結末なのかな…とか思いつつ。(原作者のきくちゆうきさんは、友人を交通事故で亡くされているそうです)

死の描き方はいくつもあるわけなので、持病を患っているわけでもなく、末期の重病を抱えているわけでもない、どこにでもいる普通の好青年であるワニくんがどんな死に方をするのか不安でもあった。実際に100日目を読んで、別に予想どおりだったとかそうではなかっただとか、そういうことはどうでも良くて、シンプルにワニくんが死んで悲しかった。ワニくんが憧れていた元バイト先の先輩ともいい感じになり、おみくじでも大吉を引いて「今年はいい一年になりそう」みたいなことを言っていたのが、余計に重く圧し掛かってくる。

遺されたまわりの友だちや、年末に電話をくれた親?が、ワニくんの死をどう受け入れるんだろう、って思ったら更に胸が苦しくなる。彼らは、今まで当たり前のように接してきた友だちが急に死んでいなくなることに耐えられるだろうか。ワニくん本人だって、息をひきとるまでに「もっと生きたい」って思っただろう。

僕の中学時代の同級生は、自殺して亡くなっている。あまり接点のない同級生だったけれども、それでも亡くなったという話を聞いたら胸にどんと重いものを感じた。幸いにも、僕の友人たちで死を迎えた人はいないが、もし身近な人間が死を迎えたとき、僕はどんな気持ちになるのだろうか。心が耐えられるだろうか。死んだら、もうその人とは会えない。映像や写真の中では会えるけど、生の声も表情も感情も、そこにはないのだから。