安政5年(1858)6月。アメリカ総領事ハリス(大月ウルフ)を慰めるため、ジョン万次郎(江夏豊)によって企画された日米ベースボール大会。日本代表監督には奉行所から主水(藤田まこと)が選出される。しかし、メンバーとして集まったのは新米仕事人の石井源水(佐藤蛾次郎)たちと、アメリカとの自由貿易を取り潰そうとする御用商人からハリス殺しを依頼された昔の仲間・加代(鮎川いずみ)率いる手練れの仕事人たち。元締に昇格した加代はハリスをベースボール大会最中の事故死に見せかけるよう画策し、主水にはせん(菅井きん)とりつ(白木万理)を人質に取ることで黙認を強要する。しかし情勢が変わり、イギリス、フランス、ロシアといった大国が日本へ押し寄せることを危惧した大老・井伊直弼(中村錦司)はアメリカとの条約を結びハリス暗殺の中止を判断。御用商人はこの仕事自体を「無かったことに」するため佐渡金山暴動鎮圧部隊の地獄組を使い加代配下の仕事人たちを全滅させる。
生き残った仕事人は主水、源水と飛脚の早太(千代田進一)の素人二人を加えた三人。途中、下田で迫害を受けたお吉(坂口良子)に情を通わせるも、地獄組の包囲網は着々と進む。お吉の依頼を音羽の元締から受け、主水とも互角に張り合える腕利きの仕事人・二本十手の久蔵(宍戸錠)を仲間に引き入れ死に物狂いの抵抗を試みるが、源水、早太は死亡。久蔵も地獄組頭領・鉄眼(寺田農)のレーザービームで木っ端微塵。久蔵がお吉から依頼料として受け取った数ドルの銀貨を握り締める主水は一人江戸へと帰る。
二年後、日本では激しいインフレにより一揆、打ちこわしなどが頻発。条約反対派の弾圧「安政の大獄」も引き起こされ混迷の時代となっていた。ある日主水は江戸で過去を隠し門付けをしながら暮らす落ちぶれたお吉と出会う。同情する主水の前に現れる勝麟太郎(山本學)は主水を仕事人と見抜いた上で「間違った信念を持った恐ろしい政治家」井伊直弼暗殺依頼を仄めかす。お吉が国への恨みを晴らすため、久蔵に託したドル銀貨はいまだ主水の懐に。お吉を不幸にしたのは井伊直弼と判断した主水は、3月3日に登城する井伊直弼を狙うため仲間を招集する。
1987年に放送されたシリーズ第29弾『必殺剣劇人』により、同時間帯で続いてきた必殺シリーズのレギュラー放送は一旦終了。今後は必殺ワイド(必殺テレビスペシャル、必殺スペシャル・新春、など)でのシリーズ継続が発表され、『必殺剣劇人』最終回の翌週に早速放送されたワイド作品である。冒頭では『暗闇仕留人』のオープニングで使われた『天皇の世紀』からの流用映像が用いられ、幕末期の雰囲気を色濃く漂わせる。
突然「べーすぼーる」を始めることになりきょとんとする主水の姿が映し出されるなどコメディタッチでスタートする本編だが、その背後には日本の行方を左右する大きな陰謀と、それに巻き込まれる仕事人たちの影が見え隠れ。ナインとして集まったメンバー全員が「仕事人」というのは少々出来すぎ。
自らの保身のためハリス暗殺を目論む御用商人。井伊大老を操りハリス暗殺の後ろ盾として担ぎ上げる。この依頼を受けたのが、主水の昔の仲間である加代だった。公的機関の後ろ盾で安心したのか、加代は「何でも屋」から「絵日傘」と二つ名を改名(ただしキャストクレジットでは「何でも屋の加代」)。人殺しをほぼ行わなかった昔と違い、単身でも地獄組の連中と渡り合えるほどに殺しの腕を上げ、主水に対しても高慢な態度で接し、命を奪うよう配下に指示する場面も。この配下の仕事人も粒揃い。若い連中が多いものの身軽で、冒頭下田奉行所の役人たちとの間で激しいアクションシーンを披露してくれる。主水は加代が卑劣な仕事人へと変貌したことに怒りを顕にするも、結局主水は加代を助けようとするし、加代も仲間として帰ってくる。
ハリス暗殺を無かったことにしようと井伊一派が送りこんだのが佐渡に巣食うレンジャー部隊・地獄組。目はほとんど退化して光には弱いものの頭領・鉄眼の口笛を合図に動く統率の取れた恐怖の殺人部隊。何より『新必殺仕置人』で流れる「虎の会」のテーマで登場する“凄い奴”「鉄眼」が本当に凄い。神輿に担がれた白髪の老人なのだが、それもそのはず。手足がロケット砲になっているからだ。これで一気に3人くらいを瞬殺できる。更に佐渡時代に因縁のあった久蔵との対決では、目から謎の光を発し大爆発を引き起こしている。影太郎の南京玉簾も効かない。鉄眼自体、江戸時代の日本におけるオーパーツなんじゃねえか?個人的には、佐渡を根城にする地獄組に関して、佐渡奉行所勤めの経験がある主水が何か一言を漏らす……みたいな演出が欲しかった。
さて、「べーすぼーる」が終わってから地獄組との対決になる辺りからハードな展開に。地獄組との二度の殺陣は『必殺4 恨みはらします [DVD]』の「愚連隊のテーマ」も手伝って出色の出来。一度目の死闘で加代を含む仕事人グループが行方不明となり、二度目の死闘で久蔵が死に、生き残った主水がお吉の恨みを引き継ぐあたりからクライマックス。当時の日本の情勢を背景に幕末ドラマ路線へと立ち返っていく。主水自身、僅かな間だが下田で酷い迫害を受け自暴自棄となっていたお吉に同情し心を通わせているのだが、そのお吉が異人への反感を国民に植え付けるための人身御供にされたことに対し勝麟太郎と共に怒りを共有するシーンでお吉が繰り返し呟く「アイ、アム、アローン」のセリフは哀切。異国の地で孤独だったハリスを慰めていたお吉が、今度は自分が生まれ育った日本で孤独になってしまった。この悲しみは、主水が例え幕閣の一部から仕事人としての正体を知られていたとしても、井伊直弼暗殺を引き受ける動機付けには十分である。仲間である政、影太郎…そして生きていた加代が集まり、お吉から久蔵、そして主水へと渡されたドル銀貨を配り仕事に臨む。
大老暗殺の後、現れたのはなんと鉄眼。主水との決着を付けにきたが主水の信念に免じ今回は引き下がる。なお、この地獄組は後発の『必殺!5 黄金の血 [DVD]』で再び登場。壮絶な対決が待っているのかな…って思ったら、地獄組内の派閥争いか何なのかは知らんが「赤目(天本英世)」とかいう政を殺すのがやっとのようなヘボイ頭領になっていてガッカリ。
幕末動乱期を縦糸に必殺的史実解釈のユーモアを交えつつ、幕府によって人身御供にされてしまったお吉の悲しみと孤独な人生がドラマを織り成していく良作。殺陣のシーンでは、ジャパンアクションクラブによる派手なアクションが見所で、非常にスピーディなアクションシーンを堪能することができる。特に地獄組との二度目の死闘では、源水ら素人の仕事人を加えた死に物狂いの抵抗が見物。光に弱い地獄組の弱点を突くために篝火を焚き、また目がほぼ退化していることから鉄眼の口笛により行動している地獄組配下を混乱させるため、早太が口笛に似た音の出る笛を吹き、なおかつ鈴をつけた棒を振り回して統率を乱そうとするなどの頭脳プレーを披露。主水側4人の仕事人のうち、まともに戦えるのが主水とベテランの仕事人・久蔵の二人のみという圧倒的に不利な戦いを、この作戦でほぼ互角にまで持ち込み、鉄眼を引っ張り出すに至ったのは凄い。
このレベルのスペシャルが量産されていれば……。なお、この作品の構成を焼きなおしたものが『必殺!5 黄金の血 [DVD]』であり、設定も流用されてはいるが中身はこの作品に遠く及ばない。劇場用作品なのに……。
井伊直弼暗殺(必殺的解釈)
万延元年三月三日。朝五つ半。外、桜田門外で井伊掃部頭直弼の行列が、水戸浪士と薩摩浪士に襲撃された事件は、「桜田門外の変」として有名な幕末史上最大の事件です。井伊家の行列が差し掛かるや、訴状を手にした一人が直訴を装って進み出、いきなり共頭と共目付に斬りかかりました。井伊家側も懸命に防戦しましたが、不意を突かれたのと視界を妨げる吹雪で浮き足立ち、遂に駕籠脇の者は全て倒され、駕籠の外から数度刺し貫かれた直弼は引きずり出され、ただ一人の薩摩浪士・有村治左衛門によって首を討ち落とされます。
セリフ
加代「あたしゃ元締だよ!このままコケにされっぱなしじゃ、仕事人としての意地が立たないよ!」
鉄眼「中村主水、逃げるなよ。お前は俺の手で仕留める。久蔵とか言ったな。覚えているぞ。主水の助っ人か?今度こそ仕留めてやる。ははははは……」
久蔵「地獄組。頭は不死身の鉄眼と呼ばれる凄い奴だ」
主水「お吉だ。可哀相な女の頼みを聞いてやったんだ。それに、お国のためとやらで銭にもならねえ仕事引き受けて大勢の人間が死んでいった。おめえの手下もな。ついでにその恨みも晴らしてやったんだ」
影太郎「因果な稼業ですね……」
キャスト
中村主水:藤田まこと/かげろうの影太郎:三浦友和/何でも屋の加代:鮎川いずみ/鍛冶屋の政:村上弘明/りつ:白木万理/せん:菅井きん
居合抜きの石井源水:佐藤蛾次郎/同心田中:山内としお/橋本左内:渋谷哲平/大黒屋仁助:外山高士/ハリス:大月ウルフ/飛脚の早太:千代田進一/森山多吉郎:高峰圭二/菊名仙之丞:小野田真之/草履投げの角平:甲斐道夫/戎屋新兵衛:永野辰弥
井伊直弼:中村錦司/お福:井上ユカリ/天狗飛び切りの弁慶:稲田龍雄/二人トンボのお百:森田美樹/二人トンボの千太郎:西田真吾/ひとり相撲の鬼岩:高良隆志/同心:手嶋雅彦、松尾勝人/下田奉行:加地春雄、久保正行/ヒュースケン:ポール・アルピン/下田の役人:加藤正記/吉田松陰の弟子:益田哲夫/蓮台寺温泉の客:沢村杏子/清国人の召使:福山龍次、矢下田智和、荻野雅実、扇田喜久一、布目真爾
スタッフ
制作 | 山内久司(朝日放送) |
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プロデューサー | 奥田哲雄(朝日放送)/辰野悦夫(朝日放送)/桜井洋三(松竹) |
脚本 | 吉田剛 |
音楽 | 平尾昌晃 |
撮影 | 石原興 |
照明 | 中島利男 |
プロデューサー補 | 武田功 |
制作主任 | 渡辺寿男 |
美術 | 倉橋利韶 |
録音 | 広瀬浩一 |
編集 | 園井弘一 |
調音 | 鈴木信一 |
助監督 | 酒井信行 |
装飾 | 玉井憲一 |
記録 | 石川恵与 |
進行 | 西村維樹 |
殺陣 | 楠本栄一 |
装置 | 新映美術工芸 |
かつら | 八木かつら |
衣装 | 松竹衣装 |
小道具 | 高津商会 |
現像 | IMAGICA |
協力 | エクラン演技集団/新演技座/ジャパンアクションクラブ |
ロケ協力 | 京都大覚寺 |
題字 | 糸見溪南 |
ナレーター | 玉井孝 |
主題歌 | 「ついていきたい」歌:テン・リー/作詞・作曲:たきのえいじ/編曲:桜庭伸幸 リバスター・レコード |
制作協力 | 京都映画株式会社 |
監督 | 松野宏軌 |
制作 | 朝日放送/松竹株式会社 |